演目一覧 / 滑稽噺
「粗忽長屋」の一場面のイラスト

粗忽長屋

そこつながや

浅草で行き倒れを見た八五郎は、同じ長屋の熊五郎だと決めつけます。今朝会ったばかりだと言われても聞かず、長屋へ飛んで帰って本人に「お前が死んでいた」。そそっかしい二人の思い込みが重なって、話はとんでもない方向へ進みます。

分類
滑稽噺
系統
江戸
原話
宝永5年(1708)の『かす市頓作』の「袈裟切にあぶなひ事」などに同じ趣向の笑話がある
舞台
浅草観音のあたりと、八五郎・熊五郎の長屋
ゆかり
三代目以来、柳家小さん代々の看板演目とされる
カテゴリ滑稽噺
登場人物八五郎熊五郎行き倒れの番をする人たち
舞台浅草観音の境内長屋
見どころ思い込みの押し問答本人が自分の死体を確かめる場面不思議なサゲ

あらすじ

同じ長屋に住む八五郎と熊五郎は、そろって大のそそっかし屋です。ある日、浅草の観音さまへお参りに来た八五郎は、人だかりに出くわします。身元のわからない行き倒れが寝かされていて、知り合いはいないかと見物人に顔を見せているのでした。

顔をのぞいた八五郎は、これは長屋の熊五郎だと言い出します。ところが今朝、熊五郎に会ったばかり。行き倒れはゆうべからここにいると言われても、八五郎は「あいつはそそっかしいから、死んだのに気がつかねえで帰ってきたんだ」と聞きません。本人を連れてきて引き取らせると、長屋へ駆け戻ります。

「熊、お前、浅草で死んでるぞ」。初めは笑っていた熊五郎も、八五郎にまくし立てられるうち、なんだかそんな気がしてきます。とうとう二人そろって、熊五郎の死体を引き取りに浅草へ向かいました。

死体の顔を見た熊五郎は、情けないやら悲しいやら、たしかに自分だと泣き出します。見物人が止めるのも聞かず、熊五郎は自分の死体を抱き上げますが、その顔をつくづく眺めているうちに、どうにもわからなくなってきて……。

サゲ 結末を含みます

タップしてサゲを見る

「抱かれてるのは確かに俺だが、抱いてる俺はいったい誰だろう」

ありえない思い込みが行き着く先で、自分とは誰かという問いにぶつかってしまうサゲです。ばかばかしさの中に哲学めいた味があり、自己同一性の問題と結びつけて論じられることもあります。筋が荒唐無稽なぶん、客に不自然と思わせずに運ぶ力量が要る噺とされ、五代目柳家小さんは粗忽者の噺でいちばん難しいと語っています。

演者による描き分け

同じ筋でも、二人の思い込みをどう見せるかで噺の手ざわりが変わります。

演者・系統描き方
柳家小さんの系統八五郎と熊五郎を、まめな男と無精な男に描き分け、思い込みが深まるさまを「間」で見せる
三代目 古今亭志ん朝止めても止まらない思い込みとして、速いテンポと軽いリズムで運ぶ
七代目 立川談志「主観長屋」とも称し、強い主観を持った人間には周りがかなわない噺として演じた

名場面のセリフ 当サイトの書き下ろし

人だかり

  • 八五郎ちょいとごめんなさいよ。……あっ、こりゃ熊だ。うちの長屋の熊五郎だ。
  • 見物人この人はゆうべからここに倒れてるんですよ。あんた、今朝その熊さんに会ったんでしょう。
  • 八五郎会ったよ。だからあいつは、死んだのに気がつかねえで歩いてたんだ。

長屋で

  • 八五郎熊、落ち着いて聞け。お前、浅草で死んでるぞ。
  • 熊五郎冗談言うない、おれはこうしてぴんぴんしてらあ。
  • 八五郎ゆうべ、どこで何してたか覚えてるか。
  • 熊五郎……そう言われると、あんまり覚えちゃいねえな。

対面

  • (死体の顔をのぞき込み、しばらく黙ってから鼻をすする)
  • 熊五郎……ああ、おれだ。こんなところで、ひとりで死んじまって。かわいそうに。

特定の落語家の口演を書き起こしたものではありません。筋とサゲは古典のまま、セリフは当サイトで書き下ろしています。

主な演者

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