演目一覧 / 滑稽噺・人情噺(もとは小咄の滑稽噺。東京へ移るときに人情噺の色が加わりました)
「景清」の一場面のイラスト

景清

かげきよ

京で指折りの目貫師・定次郎が、目を患って光を失いました。世話好きの甚兵衛旦那に勧められ、平家の豪傑・悪七兵衛景清が両の目を納めたと伝わる清水の観音さまへ、百日の日参を始めます。ところが満願の日になっても目は開かず、帰り道には大雷雨。気を失った定次郎の前に現れたのは……。上方で生まれ、三代目三遊亭圓馬が東京へ移した噺で、東京では八代目桂文楽が人情噺として仕上げました。

分類
滑稽噺・人情噺(もとは小咄の滑稽噺。東京へ移るときに人情噺の色が加わりました)
系統
上方(三代目三遊亭圓馬が東京へ移し、今は東西で演じられています)
別題
上方では『景清の眼』。『入れ眼の景清』とも呼ばれます
原話
諸説あります。初代米沢彦八の軽口本『軽口大矢数』(享保年間)の小咄とする説(題は資料により「清水景清」「祇園景清」)と、正徳2年(1712年)の軽口本『新話笑眉』の「盲人の七日参り」とする説です。落語にしたのは、京の咄家・初代笑福亭吾竹とされます
題材
平家の侍大将、悪七兵衛景清の伝説。幸若舞曲『景清』や近松門左衛門の浄瑠璃『出世景清』では、景清は頼朝を討つ執念を断つため、自らの両目をえぐります
舞台
上方は京の清水寺(その前に柳谷観音へも願掛け)。東京は上野の清水観音堂(その前に赤坂の日朝さまへ願掛け)
ゆかり
上野・寛永寺の清水観音堂は寛永8年(1631年)の建立で、国の重要文化財
カテゴリ滑稽噺人情噺
登場人物目貫師の定次郎甚兵衛旦那定次郎の母清水の観音さま
舞台京の清水寺上野の清水観音堂
見どころ賽銭で飲んでしまう柳谷のしくじり満願の日に観音さまへ当たる定次郎母を思う涙石段の雷雨観音さまのお告げ

あらすじ

京で三本の指に入ると評判の目貫師(刀の柄の飾り金具を彫る職人)、定次郎が目を患い、何も見えなくなりました。医者には見放され、仕事もできません。表向きは明るくふるまっていても、心の中は真っ暗です。

近所の甚兵衛旦那は、その腕を惜しんで神仏にすがるよう勧めます。聞けば定次郎、すでに眼病に効くという柳谷の観音さまに二十一日の願を掛けていました。ところが満願の日、隣で同じように拝んでいた目の不自由な娘と親しくなり、賽銭を元手に山の下で二人で飲んでしまったというのです。

あきれた甚兵衛は、今度こそ心を入れ替えて、清水の観音さまに百日でも二百日でも通えと言います。清水寺には、源頼朝を討ちそこねて捕らえられた悪七兵衛景清が、「源氏の世は見たくない」と自分の目玉をくり抜いて納めた、という言い伝えがあります。目にご縁のある観音さまだと説かれ、年老いた母のためにもと、定次郎は日参を始めます。

迎えた百日目。どれだけ拝んでも目は開きません。思わず観音さまに食ってかかる定次郎を甚兵衛がたしなめると、定次郎は泣きながら打ち明けます。母が今日に合わせて着物を縫い、赤飯と酒を用意して待っている。見えないまま帰ったら、母は力を落として死んでしまう、と。甚兵衛は、これからも母子の面倒は見るからと慰め、二人で清水の石段を下り始めます。

にわかに空が曇り、土砂降りの雨に雷鳴。雷の嫌いな甚兵衛は、定次郎を置いて逃げ帰ってしまいます。ひとり残された定次郎に雷が落ち、気を失います。

夜になって気がついた定次郎の前に、清水の観音さまが現れます。おまえの目は前世の因縁で治らないが、母の信心に免じて、昔景清が納めた目を貸してやろう、と。お経を唱えるうちに目が見えるようになり、大喜びの定次郎。ふと足もとを見ると、さっきまでの自分の目玉が二つ転がっています。これも大事に持って帰ろうとすると、後ろから観音さまの声が……。

サゲ(オチ) 結末を含みます

タップしてサゲ(オチ)を見る

「定次郎、下取りの眼は置いて行け」

新しい品を買うとき古い品を引き取ってもらう「下取り」に、目の取り替えを見立てたサゲです。三代目桂米朝の師匠、四代目桂米團治が考えました。もとの噺には続きがあり、景清の目をもらった定次郎は景清の気性まで乗り移って、帰り道に大名行列へ暴れ込み、歌舞伎の景清よろしく名乗りを上げます。殿様に「気が違ったか」と言われ、「いや、眼が違った」と返すのが本来のサゲです。東京の八代目桂文楽は、サゲを付けず、目が開いた喜びで人情噺として切り上げました。

もとの型、米團治のサゲ、東京の型

景清の目をもらうだけの小咄が、上方で一席の噺になり、東京へ移るときに人情噺の色が加わりました。上方の古い型は三代目林家染丸が受け継ぎ、三代目桂米朝はいくつかの終わり方で演じています。信心で目が開く噺としては、ほかに『心眼』『滑稽清水』があります。

上方東京(八代目桂文楽など)
最初の願掛け柳谷の観音さま赤坂の日朝さま
百日参りの先京の清水寺上野の清水観音堂
世話をする旦那甚兵衛石田の旦那
終わり方古い型は、景清が乗り移って大名行列に暴れ込み「いや、眼が違った」でサゲ。四代目桂米團治以降は、観音さまの「下取りの眼は置いて行け」でサゲ目が開いたところで、人情噺として切り上げる
伝わる演者古い型は三代目林家染丸が受け継いだ。三代目桂米朝は米團治のサゲのほか、古い型や、切り上げる形でも演じた三代目三遊亭圓馬が東京へ移し、八代目桂文楽が磨き上げた

名場面のセリフ 当サイトの書き下ろし

柳谷のしくじり

  • 甚兵衛柳谷へ二十一日お参りしたんやろ。それで、どないやったんや。
  • 定次郎それが旦さん、満願の日には、ぼうっと明るうなってきましたんや。
  • 甚兵衛ほう、効いてきたやないか。
  • 定次郎隣でおんなじように拝んでる娘さんがいてましてな。ちょっと話が弾んで、山の下で一杯だけ……。
  • 甚兵衛その一杯の銭は、どこから出たんや。
  • 定次郎……観音さんの箱から、ちょいと。
  • 甚兵衛そら、目もまた閉じるわいな。

百日目の涙

  • 定次郎観音さん、今日で百日だっせ。うんともすんとも言わんとは、どういう料簡や。
  • 甚兵衛これ、罰が当たるで。ここは手を合わせるとこや。
  • 定次郎旦さん……おかんが今日に合わせて、着物を縫うてくれてますのや。赤飯炊いて、待ってますのや。その柄が、わてには見えまへん。
  • (見えない目を、ゆっくり袖でぬぐう)
  • 甚兵衛わかった、わかった。おかんのことは、わしがなんとでもする。明日から、また一緒に通お。

雷のあとで

  • 定次郎旦さん……旦さん。なんや、誰もいてへん。杖もどこ行ったやら。
  • 観音定次郎。
  • 定次郎へっ、どなたはんで。
  • 観音母の信心に免じて、そなたに目を貸し与えよう。むかし景清が納めた目じゃ。
  • 定次郎景清の……。そら、ずいぶん年季の入った目ぇでんな。

特定の落語家の口演を書き起こしたものではありません。筋とサゲは古典のまま、セリフは当サイトで書き下ろしています。

主な演者

この噺を聴く・読む PR

音源の有無や演者は商品ページでご確認ください。

他の噺

寄席で生の高座を聴く東京・関西ほか全国の寄席ガイド →