
愛宕山
あらすじ
サゲ(オチ) 結末を含みます
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上方の愛宕山と江戸の愛宕山
名場面のセリフ 当サイトの書き下ろし
大阪の山
旦那 一八、 お前は 大阪の 生まれやさかい、 山なんぞ 登ったこと ないやろ。 一八 とんでもない。 大阪に かて 真田山も 茶臼山もございま す。 旦那 あんなもん、 地べたに できた おできみたいなもん や。 一八 言わはりましたな。 愛宕山くらい、 鼻歌 まじりで 駆け 上がってみせます。 旦那 ほう、 頼もしい。 ほな、 みんなの 荷物も ついでに 頼むわ。
崖っぷち
一八 傘さえ 開いとったら、 ふわ あっと 下へ 降りられるはず や。 ……はずやけど、 下、 えらい 遠いなあ。 繁八 一八っつぁん、 まだ かいな。 日が 暮れて まうで。 一八 急かさんと いて。 いま、 心の中で 念仏を……。 (繁八が そっと 背中を 押す。 扇子を 傘の 柄に 見立て、 両手で しがみついたまま 体を 沈めていく)
谷底
一八 あった、 あった、 ここにも 一枚。 旦那、 これ、 ほんまに わたしが もろて よろしいんで。 旦那 ああ、 お前のもんや。 ところで 一八、 どないして 上がってくるつもり や。 一八 上がる……。 あっ、 そこまでは 考えて まへんでした。
主な演者
三代目 三遊亭圓馬 1882–1945江戸 大阪で この 噺を 覚え、 東京へ 移した 演者と されます。 東京の 旦那、 京都弁の 芸妓、 大阪弁の 幇間を 演じ 分ける 型も 演じたと 伝わります。 八代目 桂文楽 1892–1971江戸 圓馬から この 噺を 授けられました。 晩年、 所作の 激しさから 医師に 止められても 演じ続けたと 伝わります。 三代目 古今亭志ん朝 1938–2001江戸 音源が 残る 演者の ひとり。 落語研究会での 高座が 映像に 残ります。 三代目 桂米朝 1925–2015上方 文の 家かしく (のちの 三代目笑福亭福 松) に稽古を つけてもらった 型で 演じました。 五代目 桂文枝 1930–2005上方 師匠の 四代目桂文枝から 受け継いだ 型で 演じました。 蝶々を 捕る くだりが 短いのが 特徴です。



